★☆真珠(パール)の秘密☆★
令和7年5月26日――改正戸籍法が施行された日。
戸籍や住民票、さらにはマイナンバーカードにフリガナが必須となり、
日本中で小さな波紋が広がった。
「名前の読み方」が明確になることで、
これまでの混乱や誤解が解消される一方で、
名前に込められた親の想いや、
個々のアイデンティティが改めて注目されるようになった。
以前、私立中学校の教え子に「真珠」さんがいた。
職員一同女の子かと思ったらズボンを履いていたのだ。
そして彼の名前は「真珠」。読み方はしんじゅでなく「パール」。
思わず確認してしまった。
「読み方は『パール』で間違いないですか?」
彼は微笑みながら頷いた。「はい、そうです」
講師は一瞬戸惑いながらも、授業を進めた。
青年の名前に込められた意味を知る由もなく。
ただ、彼の穏やかな表情がどこか印象的だった。
真珠?!いや、
パールは幼い頃から名前について複雑な思いを抱えていた。
クラスメイトや先生たちは、
彼の名前を「シンジュ」と読むことが多かった。
初対面の人々は、名前だけを見て彼を女の子だと思い込む
こともしばしばだった。
本人は「どうして僕の名前は『パール』なんだろう?」
小学生の頃、母にそう尋ねたことがある。
母は少しだけ困ったような顔をして、微笑みながら答えた。
「真珠はね、とても美しい宝石でしょ?
でも、その美しさは簡単に手に入るものじゃないの。
真珠ができるまでには、貝の中で長い時間をかけて磨かれるの。
それって、人間の成長と似ていると思わない?」
「う~ん、でも、どうして『パール』って読むの?」
母は少し目を伏せて、静かに言った。
「それはね、父さんがつけた名前なの」
父の存在は、パールにとって遠い記憶の中にしかなかった。
彼がまだ幼い頃に亡くなり、写真の中の笑顔だけが彼を見守っていた。
母が語る父の話はいつも温かく、優しいものばかりだった。
「お父さんはね、真珠の美しさを世界中の人に知ってほしいと思ったの。
そして、その響きが一番似合うのは『パール』だって」
その言葉を聞いたとき、パールは初めて自分の名前が少し好きになった。
しかし、成長するにつれて名前のことでからかわれることも増えた。
「真珠って女の名前だろ」「なんで『パール』なんだよ、変なの」
そんな言葉に傷つくこともあった。
それでも、母の言葉を思い出しながら、
自分の名前を受け入れる努力を続けた。
そして、大学に進学し、社会に出る頃には、
名前の読み方について説明することに慣れていた。
むしろ、自分の名前を話題にすることで、
初対面の人々との距離を縮めることができると気づいたのだ。
「真珠って書いて『パール』って読むんですよ。珍しいですよね。
でも、僕の名前にはちょっとした物語があるんです」
そう語ると、相手は興味深そうに耳を傾けてくれる。
それが、彼にとって自分の名前を誇りに思うきっかけとなった。
改正戸籍法が施行されたその日、パールは役所での手続きを終えた後、
ふと母に電話をかけた。
「お母さん、今日から戸籍にフリガナが入るんだって。
これで、僕の名前を間違えられることも少なくなるかもね」
電話の向こうで、母が微笑む気配が伝わってきた。
「そうね。でも、きっとあなたはもう、
自分の名前を堂々と名乗れる人になってるわよ。」
その言葉に、パールの胸がじんと熱くなった。
「ありがとう、お母さん。僕の名前、大切にするよ」
その夜、パールは幼い頃のアルバムを開いた。
父と母、そして小さな自分が写る写真。
その中で、父が微笑みながら抱き上げている赤ん坊、それが彼だった。
「お父さん、僕の名前、ちゃんと受け継いでるよ」
小さく呟きながら、パールはそっと目を閉じた。
名前に込められた想いを胸に、
彼はこれからも自分らしく生きていくのだと心に誓った。
改正戸籍法が施行されたことで、
多くの人々が名前の読み方に改めて向き合うことになった。
しかし、それは単なる制度の変更ではなく、
名前に込められた物語や想いを再認識するきっかけでもあった。
パールのように、自分の名前に誇りを持つ人々が増えること。
それこそが、この法改正の本当の意義なのかもしれない。
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