★☆クロールの息継ぎ☆★
ジムでの筋トレとウォーキングが日課となっている私。
階下のプールでは、老若男女が美しいフォームで泳ぎを披露している。
まるで水中バレエでも見ているかのような光景だ。
私はストレッチしながら、密かに優雅な泳ぎを眺めるのが好きだった。
だが、その日、私の視線を釘付けにしたのは、そんな華麗な泳ぎをする人々ではなかった。
プールの片隅で、ふくよかな体型の高齢女性が一人、
コーチと思われる男性とクロールの息継ぎ練習をしていたのだ。
彼女の挑戦は、なかなかにドラマティックだった。
顔半分を水面から出そうとするたびに、
バランスを崩して「ブク、ブグ、ブクッ~~~」と顔が水中に沈む。
そして、右手で水をかけば体は右に流れ、左手で水をかけば左に揺れる。
まるで水中で迷子になったペンギンのように思えた。
しかし、その一生懸命さがなんとも愛らしい。
華麗に泳ぐ他の生徒たちの中で、
彼女だけがマイペースに左右に揺れながら進んでいる。
その姿を見ていると、なぜだか拍手を送りたくなる。
いや、むしろ心の中でスタンディングオベーションだ。
頑張れ、おばさま!あなたは今、世界で一番輝いている!
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そんな彼女を見ているうちに、ふと私は自分のことを考えた。
実は私、水泳が大の苦手だ。
特にクロールの息継ぎなんて、もはや都市伝説レベルの難易度に感じる。
「あの人みたいに、私も個人レッスンを受けてみようかな……」そんな考えが頭をよぎる。
しかし、同時に思い出したのは、かつての母とのやり取りだった。
母が膝を痛め、歩行が困難になった時のことだ。
私は「プールで歩いてみたら?」と提案したのだが、彼女は即座に拒否した。
「こんなおデブが水着なんか着て人前に出られるわけないでしょ!」と、
プイッと横を向いた母の表情が、今でも鮮明に思い出される。
でも、あのおばさまを見ていると、そんなことはどうでもいい気がしてくる。
体型なんて関係ない。挑戦する姿が何より美しいのだ。
母にも、あの時無理にでもプールへ連れて行けばよかったのかもしれない。
そんなことを思い出しながら、私はもう一度プールを見下ろした。
おばさまは相変わらず左右に揺れながら泳いでいる。
でも、さっきより少しだけ、揺れが小さくなった気がした。
彼女の努力が報われる日も近いに違いない。
私も負けていられない。
ヨシャ~、まずは水着を買いに行かなくちゃ~♪
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